記念すべきゴルトベルク変奏曲、1回目のコンサートが終わりました。
今日は筋肉痛です。
慣れない椅子弾き(普段は立って練習することが多いので)使っていない筋肉を沢山働かせてしまいました。
弾けば弾くほど色々なモチーフが聞こえてくるので、最後の最後の最後、開場時間ギリギリまで調整に時間がかかりました。
独りじゃないから、こその難しさと面白さ、複雑さがあります。
単なる「お仕事」ではないからこその、んーと、ここまで言って良いんかな、と恐る恐るですが、一歩踏み込んで伝えてみることで(長年の信頼関係もあって)新しい扉が開いていった感もあり、
こんなもんだよね、と常識をツマラナイものにしているのは自分かもしれない、と思いました。
受け入れてくれた仲間と、あたたかいサポートをくれた方々に感謝です。
奇しくも昨日は枝の日。
ミサを終えた後にコンサートに来てくれた知人がシュロの葉をわけてくれました。
イエスがエルサレムに入ったと言われる日。
ここから人々の裏切りにあい、十字架にかけられることになります。
ゴルトベルク第15変奏はカンタータ「我、喜びて十字架を背負わん」のモチーフが使われているのですが、
哀しみと美しさ、感謝と愛に溢れていて、
大好きです。
今日は筋肉痛です。
慣れない椅子弾き(普段は立って練習することが多いので)使っていない筋肉を沢山働かせてしまいました。
弾けば弾くほど色々なモチーフが聞こえてくるので、最後の最後の最後、開場時間ギリギリまで調整に時間がかかりました。
独りじゃないから、こその難しさと面白さ、複雑さがあります。
単なる「お仕事」ではないからこその、んーと、ここまで言って良いんかな、と恐る恐るですが、一歩踏み込んで伝えてみることで(長年の信頼関係もあって)新しい扉が開いていった感もあり、
こんなもんだよね、と常識をツマラナイものにしているのは自分かもしれない、と思いました。
受け入れてくれた仲間と、あたたかいサポートをくれた方々に感謝です。
奇しくも昨日は枝の日。
ミサを終えた後にコンサートに来てくれた知人がシュロの葉をわけてくれました。
イエスがエルサレムに入ったと言われる日。
ここから人々の裏切りにあい、十字架にかけられることになります。
ゴルトベルク第15変奏はカンタータ「我、喜びて十字架を背負わん」のモチーフが使われているのですが、
哀しみと美しさ、感謝と愛に溢れていて、
大好きです。
