art

最近ツイッターを始めた。

偏向しているTV報道からの自衛手段だけれども

いろんな人の色んな意見が見れて興味深い。

 

すごい速さの情報と、情報量と、あとは字数制限があるので

どうしてもバサッと斬る、みたいに

人間が攻撃的になるのかもしれない。

 

左でなかったら、右らしいので

私は右に寄った人に入るのだろうか。

 

「先進国の中で、これほど文化・芸術にお金を出さないところはない」と支援不足を嘆いた演劇界のM本A門さんのテレビでの発言が、えらく炎上していて

左にも右も。どちらにも喧嘩を売るつもりはないのでここにひっそりと書いておく。

 

テレビを直接観ていないので、言い回しのニュアンスはわからないが

情状酌量があるとすれば

普段、大きな看板を揚げて興行している人こそ

その看板の下で大勢の人が生活している。

特に若い勉強中の人、ギリギリのところで生活と両立させている人。

特に演劇は手間と人手はかかるし、特に非効率的、アナログなんだろうなぁ。

その大勢の人たちを背負ってる座長、看板としては守りたい、という責任感あっての言葉なんだろうと思う。

決して私腹を肥やす、とかではなく。

 

確かに。

ほとんどの業種で活動がストップしているのだから、

自分たちだけが苦しいわけではない。

 

 

実業と虚業。

大学のメセナ支援に関する授業で、そこを結ぶのがメセナだ、という講師の発言に

お金を出す人と支援してもらう人。そんなん絶対対等にはムリやって、、と冷めた目で見たことを思い出す。

 

自分のことを言えば、一応の進学校の中で高3時に、主要5教科の試験ナシで受験出来る大学を選んだ点で、

社会のあぶれ者として生きる覚悟をした。

芸人と芸術家はつまるところ同じだ。

 

モーツアルトもベートーヴェンも。

過去の音楽家はいかに経済的に自立し、精神的自由を手に入れるか、というところで苦労した。

モーツアルトは独立した後借金だらけだったし

ベートーヴェンも作曲だけで食べていけるまでは

ピアノを教えるアルバイトで生計を立てていた。

もちろん時代が下ればワーグナーみたいに、強力なパトロンにどんどん出させた人もいるけれど

ワーグナーはワーグナーなりに

夢やビジョンが大きくなればなるほど巨額を回すのが必要だし

特にあのオペラの内容だし、、

そこで苦労したと思う。

(公的資金を出させるなら資金を出させても、すまないと思わない図太さも必要か。)

 

どちらにせよ

 

精神的自由には経済力も関与している。

 

大きな看板を背負うということは

他の人の生活を守る責任と、本音は言えない我慢強さと人望と。

芸術、本業以外で負うもの。責任、苦労、影響力も増すだろう。

 

責任を負うことも、口を慎む我慢もできないし、養うべき家族もいないので

私はフリーという立場で好きなように生きている、、

あはは ここが問題。

 

 

ただ、お金持ちがどんなにお金を積んでも

芸術家の自由なインスピレーションを買うことはできない。

 

イソップ童話のアリとキリギリスはよく出来た話だ。 

 

 

 

 ここまで書いて

一言加えたくなった。

信じられないぐらい、掛値なしで支えてくださったメセナ活動支援との出逢いもあった。楽器を貸してくださったフォーバルファンデーションの理事Tさん。もういらっしゃらないのですが、温かい声で「慎子さん、頑張って」と言われてる気がする。

振り返れば、そういう突き抜けた人との出逢いだけが、私を動かしている気もしてきた。

がんばろうー